『ストリート・ミュージック』ライアン・ラーキン

 『ストリート・ミュージック』ライアン・ラーキン/カナダ/1972

street musique (Ryan Larkin)

音楽は、思い立ったらすぐ演奏できるけれども、

録音しなければ宙に消え、残るものは余韻だけです。

(余韻もいつか消えてしまいますが)

音楽の、自由と儚さ。

時間もかかり、即興性も薄い、

なおかつ記録することが大前提にあるアニメーションとは

真逆のものと言っても良いのではないでしょうか。

ストリートミュージックとなると特に。

そんな音楽の特性を、アニメーションで表現しています。

音楽に合わせてメタモルフォーゼする様子は、本当に細胞分裂しているようで、

人も物も動物も風景も自由自在に同化し、変化し、気持ちいいほどよく変態します。

同時に少し気味が悪い。

固体なのか、液体なのかわからないほどとても柔らかそうで、

その柔らかさゆえに、何に変化しても大体は受け入れられるのだけれども、

その柔らかさゆえに、進化途中の何か不完全な形にも見受けられ、

内臓っぽいというか、微生物っぽいというか、

不完全っぽい形のまま、次から次へと別の形へと流れていくのです。

キモカワイイ、みたいな感じでしょうか。

ギターと手と人と鳥が合体したような、印象的な音楽人間が出てきます。

とりわけインパクトが強く感じるのですが、彼は音楽の象徴なのかしら。

『おねがい なにかいって』デヴィッド・オライリー

『おねがい なにかいって』デヴィッド・オライリーアイルランド・ドイツ/2009年

Please Say SomethingDAVID OREILLY)

 

猫と鼠のバーチャル世界。(または、女と男のバーチャル世界)

 

もしあの時こうしていたら、もしあの時ああだったら、

皆一度は考えたことがあると思います。

でも、もしやり直せたとしても、必ずいい結末になるとは限らないのです。

物語はどこで終わるかわかりません。

物語は終わっても人生は続きます。

終わったと思っていたことも、まだ続いているかもしれません。

  

カクカクで棒人間風CGの猫と鼠に、結構ズシンと考えさせられます。

結構泣けてきます。

『ナゲッツ』アンドレス・ヒュカーデ

ナゲッツ』アンドレス・ヒュカーデ/ドイツ/2014

Nuggets(Andreas Hykade)

 

キウイ(鳥)は道で見つけた黄色い塊に興味津々で、

触れてみたり、つついてみたりします。

試しに吸ってみると、何と夢見心地なんでしょう。

再び歩き始めると、同じものが落ちているのを見つけ、、、

 

シンプルなデザインと、シンプルな展開、

繰り返しと徐々に表れる変化、

 

可愛らしい絵と動きにもかかわらず、かなり衝撃的なアニメーションです。

 

『ヴィンセント』ティム・バートン

『ヴィンセント』ティム・バートン/アメリカ/1982

Vincent (Tim burton)

 

ホラー映画の俳優として有名なヴィンセント・プライスに憧れる少年の苦悩。

あまりにも子供らしからぬその嗜好は誰にも理解されず、むしろ避難され、少年は情緒不安定に陥っていきます。

不安や恐怖を煽る音楽、モノクロの映像、フィルムの質感など、

昔のホラー映画のような雰囲気を漂わせ、ドイツ表現主義のようなデザイン的で明暗の強い色彩と照明が、おどろおどろしさを際立たせているのだけれど、

細い足首やとがった鼻や顎など、

イラストをそのまま立体に起こしたような人形の造形が個性的でとても可愛らしいのです。

犬も、猫も、人間も。

 

ナレーションは実際にヴィンセント・プライスが行っており、

もしやこれは自伝なのかしら、と勘ぐりたくなりますね。。。

『小さな家』ウィルフレッド・ジャクソン

『小さな家』/ウィルフレッド・ジャクソン/アメリカ/1952

The Little House(Wilfred Jackson)

 

赤い屋根の小さな家の運命を描いたアニメーション。

時の移ろいと環境の変化を、建物や道具を擬人化することで表情豊かにユニークに描いています。

窓の目、赤い瓦屋根の髪、ポストの鼻、小さい家はずば抜けて可愛い…

 

アメリカでは、新築よりも、大切に使われている古い家の方が価値がある、

と聞いたことがあります。

 

原作は、絵本『ちいさいおうち』バージニア・リー・バートン作・絵 

きっと図書館で見たことがあるはず。

 

家の表情や、道具の顔など、表情がUPで移ることが多いので、

スマホタブレットなどの小さな画面見るのに向いている作品ではないでしょうか。